【ディズニー映画感想企画第5弾】『バンビ』感想~非常に手間暇のかかった作品~
ディズニー映画感想企画第5弾では『バンビ』について書こうと思います。これで初期ディズニーのBig 5全ての記事を書けたことになります。
なお、『バンビ』ファンの方には非常に申し訳ないのですが、僕は個人的に『バンビ』はあんまり好きじゃないです。ですので、今までの記事に比べるとやや辛口な感想になってしまうかもしれません。まあ、ディズニー好きだからと言って常にディズニー作品を褒めるばっかりの記事しか書かないのもアレなので時にはこういう記事もありかなと……。
【基本情報】
制作にものすごく時間と苦労のかかった作品
『バンビ』はディズニー5作目の長編アニメーション映画として1942年に公開されました。原作はオーストリアの作家フェーリクス・ザルテンによる同タイトルの小説です(出版は1923年)。
『バンビ』映画化の企画はかなり早い段階から始まっていたらしく、『白雪姫』公開直後には2作目の長編アニメーションとして公開することをウォルト・ディズニー氏は検討していたようです。しかし、検討していくうちに『バンビ』制作にはかなり時間がかかると思ったウォルトは、より早く完成できそうな『ピノキオ』のほうを先に公開することに決めました。
とは言え、2作目の『ピノキオ』や3作目の『ファンタジア』などの制作とほぼ同時進行で『バンビ』の制作もずっと進めていました。それにもかかわらず『バンビ』の公開は、これら2作やその後に制作開始が決まった『ダンボ』よりもはるかに遅れた1942年になってしまいます。『バンビ』はそれだけ制作に時間のかかった作品でした。当然、製作費もかなりかかりました。
『バンビ』の制作が長引いた主要な原因の一つとして、制作サイドの強い拘りがありました。ウォルト・ディズニー氏はこの映画を企画した時からこの制作には長い時間をかける必要があると思ったそうですが、それは彼がこの映画で徹底的にリアリズムを追求しようと思ったからです。すでに1作目の『白雪姫』でも動物キャラクターはたくさん出てきており、そのアニメーション作成の際にはリアルな動物の動きを再現するためにかなりの手間がかけられましたが、『バンビ』ではさらに一層リアルに動物たちをアニメ化する必要があると思ったそうです。
『バンビ』制作にあたってはそういったリアリティ追及のために、実際に本物のシカの死体をスタジオまで運んで解剖してアニメーターに参考資料として見せることまでしたらしいです。他にも、専門家を招いてシカの体の構造や動きについてアニメーターに講義させたり、実際に生きたシカをスタジオに入れてアニメーターたちに観察させたりなど、リアリティ追及のためにたくさんの手間がかけられました。それだけ手間がかかったので制作に時間がかかったのも当然と言えます。
また、『バンビ』の制作時期は、ディズニー・スタジオが多くの災難に見舞われた時期でもありました。『バンビ』と同時進行で作り『バンビ』よりも先に公開された『ピノキオ』と『ファンタジア』は、以前の記事で述べた通りどちらも興行的には失敗に終わりました。さらに、前の記事でも述べた通り1941年には従業員の大規模なストライキが起こり、そのうえ同年末にはアメリカの第二次世界大戦参戦も決まってしまいます。経営的に苦しくなっていったディズニー・スタジオは、『ダンボ』公開で多少の黒字は叩きだしたものの、それでも『バンビ』の制作コストを当初の予定よりも切り詰めざるを得なくなりました。*1
こうして多くの時間と苦難の末にようやく1942年に公開されたのが映画『バンビ』なのです。
商業的失敗と戦時下のディズニー
制作に多くの手間暇をかけて公開された『バンビ』ですが、商業的には『ピノキオ』や『ファンタジア』同様に失敗に終わり赤字を叩きだしてしまいます。しかも評論家からもボロクソに酷評されています。『バンビ』の公開された1942年当時のアメリカは第二次世界大戦に参戦していたので、興行成績が芳しくなかったのもある程度は仕方のなかったことではあるのですが、それでもウォルト・ディズニー氏は『バンビ』の失敗に大きなショックを受けたそうです。
この前に公開された『ダンボ』が低コストな制作で非常に良い評価と商業的成績を収めた「コスパの良い作品」であるならば、『バンビ』は逆に「コスパの悪い作品」となってしまったと言えます。制作に莫大な費用と時間をかけたにも関わらず、評論家からは酷評され客入りもイマイチになってしまったことで、以後のウォルト氏は「今後は決して一つの映画にこれほどの時間は費やさない」と決めたらしいです。
この『バンビ』の失敗以降しばらく長い間ディズニー・スタジオは長編アニメーションを作らなくなります。経営的に苦しいディズニー・スタジオはこの頃から商業的映画の制作にあまり力を入れなくなり、代わりに主要なお得意様をアメリカ政府に変えます。戦時中のディズニー・スタジオはアメリカ政府からの発注を受けて大量のプロパガンダ映画を作り始めます。第二次世界大戦に参戦した当時のアメリカ政府はディズニーにたくさんのプロパガンダ映画を発注したので、そのお陰でディズニーは戦時下の苦しい経済状況の中でも生き残ることができました。*2
こうしてアメリカ政府に喜ばれるような短編アニメーションの制作ばかりしていたディズニーが再び短編集ではない長編アニメーション映画を公開するのは、第二次世界大戦終結から5年も後の『シンデレラ』まで待たなければなりません*3。映画『バンビ』は、戦前の初期ディズニー時代に作り始められた最後の作品であり、ディズニーが戦時体制へと移行する転換期の作品であると言えるでしょう。
【個人的感想】
総論
この記事の冒頭でも述べたように僕は『バンビ』をあまり好いていません。 当時多くの批評家から酷評されたのも納得できる作品だと思っています。確かに、ウォルト氏がこの映画で目指した「リアリズム」は達成できているのかもしれないけど、リアリティの追及は必ずしも作品の魅力には直結しないんだなあと実感した作品です。現在は再評価されてディズニー史に残る名作の一つと言われることも多い『バンビ』ですが、僕は初期ディズニーの5作品の中でこの作品だけは失敗作に近いんじゃないかなあと思っています。
以下、個別に『バンビ』のどの点が微妙だと感じたのかを詳述します。
ストーリー
『バンビ』の致命的欠点はこれだと思っています。ストーリーが壊滅的に面白くないんです。森の王子バンビが誕生してからの半生を描いた物語であり、途中で母が人間に殺されるなど見せ場も一応あるので、展開に全く起伏がない訳ではないのですが、基本的には単調な展開が続き退屈な物語になっています。
序盤が主人公バンビと森の動物たちとの交流シーンなんですがここがとにかく長い。そりゃあバンビ始めとんすけやフラワーなど登場キャラクターたちの見た目は可愛らしいけど、それらのキャラクターが他愛もない会話したりするだけのシーンが延々と続くんです。さすがに飽きるし眠くなる。子供の頃見た時も退屈だなあと眠気をこらえながら見てました。
後半にはバンビやとんすけ、フラワーたちが異性と結ばれるロマンスシーンが続くんですが、そのロマンスも特に面白味のあるものでもなく、唐突な出会いが延々と繰り返されるだけで退屈です。しかもやっぱりこのシーンも無駄に長く感じます。
終盤になると人間のハンターが(画面上に姿を見せずとも)登場することで、物語に多少の緊張感は生まれなくもないのですが、例えば『ピノキオ』のクジラのシーンや『白雪姫』で老婆が逃げるシーンに比べるとどうしても見ごたえは劣ります。映像的には素晴らしいんだけど、ひたすら長いだけだし、動物たちもただ逃げ回るだけで、ピノキオとゼペットの絆のような感動要素も薄い。
やっぱり、『ピノキオ』や『ダンボ』などそれまでの初期ディズニー作品に比べると『バンビ』はあまりにも単調で退屈なストーリーだと言えると思います。それなのに一つ一つの展開は妙に冗長で長ったらしい。ここが個人的に『バンビ』の致命的に退屈な点だったと思います。
演出
確かに各シーンの演出はわりと凝っています。例えば、直接的なシーンを見せずに雪の中でひたすら"mother"と叫び続けるバンビのセリフと物悲しく降る雪の映像や悲しい雰囲気の音楽だけで、母が亡くなったことを観客に悟らせようとしています。『バンビ』ではこういう「直接的な表現を避け映像や音楽だけで状況を表現する」シーンが多く、そういうある種‟文学的”な演出は好きな人には好きなんだろうけど、僕には逆に退屈さの原因になっています。直接的な表現を避ける故にどうってことないシーンの表現に延々と長い時間をかけて映像を見せつけられるので、ストーリーの退屈さをより一層際立たせてるんですよね。
そういう「文学的演出」を狙ってたのか、この映画ではセリフがかなり少なめです。直接的なセリフよりも周囲の自然の映像や動物たちの動きを通して視聴者に内容を訴えかけようとしてるんでしょう。その演出自体は悪くないです。ですが、それ故に個々のシーンが静かになりすぎて単調に感じた面もあります。これらの凝った演出で表現しようとしている対象であるストーリー展開がそもそも面白味に欠ける内容であるため、余計に退屈さを強調させる結果となっている気がします。
音楽
『バンビ』は他の初期ディズニー作品に比べるとミュージカル要素はだいぶ薄めです。そもそも劇中で出てくる歌が極端に少ない上、"Little April Shower"以外の曲はそんなに耳に残らないです。"Little April Shower"自体はかなり出だしが楽しい名曲なんですけどね。
ただし、歌以外のBGMはなかなか良いです。さっきも言ったように『バンビ』はセリフを少なめにする代わりに、映像や音楽で物語の展開を見せる演出が多いので、そういうシーンで流す音楽はアニメーション映像にぴったり一致していて素晴らしいと思います。この辺りの演出は少し『ファンタジア』を彷彿とさせますね。まあ、その素晴らしい音楽に合わさって流れるアニメーション映像のストーリーが退屈な点も『ファンタジア』と共通していると言えるかもしれませんが……。
映像
制作時に力を入れただけあって、確かにアニメーションの映像美はなかなかのものがあります。リアリティを追求としたと言われている動物たちの動きは非常に生き生きとしています。中盤にバンビが他のシカと戦うシーンがありますが、この辺りの映像は「すごい!かなり躍動感がある!」と感心させられます。
背景の森の映像も美しいです。あまり絵のことは詳しくないですがちょっと水彩画っぽい(?)雰囲気が感じられる背景で、とても綺麗なんですよね。そういう意味で確かに個々の映像を止めて一枚絵として鑑賞するには『バンビ』の絵は素晴らしいです。仮に美術館などで飾ってあれば、満足しながら鑑賞してしまうような絵です。
そういう点では確かにディズニーの目論見は成功したと言えるのかもしれませんが、ずーっと森の中の映像が続くので正直言って映像的な魅力も途中で飽きます。世界観に広がりがなく森の色んな自然な絵が終盤まで流れてきて目新しさには欠けます。終盤にそんな森が火の海に包まれる映像が流れますが、そこでようやく映像に目新しさが出てくる気がします。
キャラクター
映画『バンビ』には主人公のバンビを始め、ウサギのとんすけやスカンクのフラワーなど数々の森の動物たちが登場します。このキャラクターたちは確かに可愛らしい見た目をしているのですが、やはり他の初期ディズニー作品のキャラクターに比べると物語的な魅力に欠ける印象。
どのキャラクターも「可愛らしいなあ」止まりなんですよね。それ以上の強烈な個性や物語上での欠かせない役割をあまり発揮していない。たとえ物語自体が単調な展開でも、その分キャラクターの魅力的な動きや掛け合いに強く魅かれるものがあればまだ退屈せずに見られたのかもしれないですが、それすらもこの作品にはあまり感じなかったです。
力の入れどころがずれている?
ということで、やっぱり全体的に辛口な感想になってしまいました。確かに多くの手間を費やしただけあって、『バンビ』での動物の映像はとてもリアリティのあるものです。同じく動物キャラクター中心でも低コストで作られた前作『ダンボ』と比べると、その映像美の差は一目瞭然です。
そのように映像美だけを見れば『バンビ』の圧勝ですが、全体的な作品の面白さという点では僕は『ダンボ』のほうが圧倒的に好きです。これは、僕個人が映画に対して映像美よりもストーリーの面白さを強く求める性格だからという面もあるでしょう。『バンビ』には『ダンボ』のように感動して見入ってしまうような魅力的なストーリーはないです。めちゃくちゃ退屈で眠くなるストーリー展開が続きます。
この作品は『ファンタジア』と同系統の作品―すなわち娯楽性よりも芸術性を追求した作品―として見るべきなんだと思います。しかし、それ故に大衆向けの商業娯楽作品としてはいまいちな作品となり、公開当時は大きなヒットに至らなかったのだと思います。僕個人も、いくら芸術的な美しさがあろうとも、あまりにも退屈で娯楽性に欠けるこの作品には強い魅力を感じないです。
しかも、じゃあその芸術性を楽しむ作品として『バンビ』を鑑賞しようと思っても、『ファンタジア』のように色んな種類のクラシック音楽やアニメーション映像が流れてくる作品と違って、似たような森の映像と動物たちの映像ばかりが延々と流れ続ける『バンビ』はどうしても途中で飽きが来てしまい、やはり眠気に襲われてしまいます。つまり、たとえ芸術作品として見たとしても僕にとって『バンビ』は退屈な作品なんです。
公開当時に『バンビ』を酷評した評論家たちは「リアリズムを追求しすぎるあまり、従来のディズニー作品に見られたファンタジーの魅力を失ってしまった」と言っていますが、僕もこの意見にほぼ同意します。『バンビ』は「リアリティ」に拘りすぎた結果なのか分かりませんが、感動的で飽きさせないストーリーや魅力的なキャラクターたちなど、それまでの初期ディズニー作品が持っていた魅力のほうがおろそかになっていると感じます。そういう意味で「力の入れどころがずれているのでは?」と僕には感じられてしまうのです。
アニメーション映像のリアリティよりももっと別のところ(例えばストーリーなど)に力を入れて作った方が良かったのではないか?そういう感想を僕はこの映画に対して昔から抱き続けています。
以上で、『バンビ』の感想を終わりにします。次回は『ラテン・アメリカの旅』の感想を書こうと思います。それではまた。