tener’s diary

てねーるのブログ記事です

【ディズニー映画感想企画第45弾】『ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』感想~懐古趣味に溢れた作品~

 ディズニー映画感想企画第45弾は『ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』の感想記事を書きたいと思います。これも世間一般の間では知名度が低い作品ですが、色んな意味でディズニーオタクの間では有名なんですよね。そんな『ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』について語っていきたいと思います。

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【基本情報】

暗黒期の継続

 『ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』は2004年に公開された45作目のディズニー長編アニメーション映画です。原作は存在せず、ディズニー完全オリジナル作品です。本作品の原題の"Home on the Range"は同名のアメリカ民謡*1にちなんで付けられています。この曲はカンザス州の州歌にもなっており、アメリカの西部開拓時代に思いを馳せさせてくれるような曲です。そんな曲と同じタイトルにしてるだけあり、本作品は西部開拓時代のアメリカが舞台になっています。つまり、本作品はディズニーアニメ版の「西部劇」です。

 この作品は、あのアラン・メンケン*2が久しぶりに作曲として携わるなど、それなりに売れそうな要素もあったにもかかわらず、商業的には全くヒットできませんでした。本作もまた2000年代暗黒期の例に漏れず商業的には失敗作となったのです。しかも、本作は前作『ブラザー・ベア』以上に批評家からもボロクソに非難されました。Rotten Tomatoesで検索すると本作品がいかに低い評価を付けられているかが良く分かります。

 そんな悪評が影響したのか、本作品はなんと日本では劇場公開すらされませんでした。DVDの発売は日本でも行われましたが劇場公開はされなかったんですよね。日本でディズニー長編アニメーションが劇場未公開となったのは、1990年の『ビアンカの大冒険 ゴールデン・イーグルを救え!』以来のことなので約14年ぶりになります。めちゃくちゃ珍しい事態です。そんなわけで、悪い意味で目立ってる作品なんですよね、これ。こんな感じで、2000年代ディズニーの暗黒期はまだまだ続くのでした。


手描き2Dアニメーションの一時的終焉

 当時のアメリカのアニメーション映画界はすでにフル3DCGの時代へと移行しており、ピクサーやドリームワークスなど主要なアニメーション・スタジオはみんなフルCGの映画を公開しヒットさせていました。そんな中でディズニーだけは依然として手描き2Dアニメーションを公開し続けていましたが、そのほとんどが興行的に今一つな成績しか残せませんでした。そんな状況なので、当然ディズニー側もそろそろフルCGに移行しないとこの暗黒期から抜け出さないのではないかと考え始めるようになります。こうして、ディズニーも伝統的な手描き2Dアニメーションからの撤退を開始したのです。

 前の記事で述べた『ブラザー・ベア』公開後のフロリダのスタジオ閉鎖も、そんなディズニーの手描きアニメーション撤退の動きの1つでした。そしてとうとうディズニーは、この『ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』を最後に手描き2Dアニメーションから完全撤退するとの旨を公式にアナウンスしました。実際、本作品の制作が終わり次第ディズニーはカリフォルニア州バーバンク(ウォルト・ディズニー・カンパニーの本社所在地)の手描きアニメーション・スタジオも閉鎖しました。伝統的な手描き2Dアニメーション映画を作るスタジオがディズニーからなくなったのです。

 ただし、この「手描き2Dアニメーションからの撤退」発表はのちの2006年にジョン・ラセター*3によって撤回され、本作公開の5年後の2009年に公開された『プリンセスと魔法のキス』でディズニーの手描き2Dアニメーションは再び復活しました。なので、本作『ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』は結局は「ディズニー最後の手描きアニメーション」にはならなかったんですけど、当時はこれが「ディズニー最後の手描きアニメーション」となる予定だったのです。本作の公開された2004年当時はそんな「記念碑」的な作品として扱われたんですよねえ。


ディズニー社内での政変

 ところで、実は本作品の公開された2004年4月の半年ほど前から、ディズニー社全体の政変とも言えるべき事件が進行していました。ウォルト・ディズニー氏の甥であり、当時ウォルト・ディズニー・カンパニーの副会長を務めていたロイ・E・ディズニー氏が、2003年11月にウォルト・ディズニー・カンパニーを退社したのです。しかも、その原因が当時のウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOマイケル・アイズナー氏との仲違いでした。アイズナーとの対立が原因で、ロイ・E・ディズニー氏はディズニー社から去らざるを得なくなったのです。

 かつて1994年にも似たような事件がありました。当時のウォルト・ディズニー・カンパニーの長編アニメーション部門のトップにいたジェフリー・カッツェンバーグ氏が、同じく当時のウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOだったマイケル・アイズナー氏と対立してディズニーを退社した事件ですね*4。このように、1994年にもマイケル・アイズナー氏と仲違いした幹部がディズニー・アニメーションから離れましたが、同じようなことがこの2003年にも起きたというわけです。しかも、今回ディズニー社から離れたロイ・E・ディズニー氏はその後「Save Disney運動」と呼ばれる活動を開始します。マイケル・アイズナー氏の退陣を内外に訴えかける運動のことです。

 実はこのSave Disney運動と呼ばれる運動は1984年にも一度起きています。この時の運動を率いたのも同じくロイ・E・ディズニー氏です。彼は当時のウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOだったロン・ミラー氏をこの第一次Save Disney運動によって退陣に追い込み、それに代わる新たなCEOとしてマイケル・アイズナー氏が就任したのです*5。しかし、それから20年近く経った2003年に、今度はマイケル・アイズナー氏のほうがかつてのロン・ミラー氏同様にロイ・E・ディズニー氏から退陣を求められる事態になったのです。これが第二のSave Disney運動です。

 マイケル・アイズナー氏はかつてジェフリー・カッツェンバーグ氏などと一緒にディズニーの第二期黄金期を作り上げた功労者の1人でした。しかし、そんな彼もこの頃になると一部の人たちからその経営姿勢を批判されるようになります。さらに彼は、当時のピクサーのCEOだったスティーブ・ジョブズ氏とも次第に仲が悪くなったのです。1995年の『トイ・ストーリー』公開以来、ウォルト・ディズニー・カンパニーはピクサー映画の配給などを担当し続けており、本家本元のウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオのほうが暗黒期を迎えた2000年代当時は、ピクサー映画の収入こそがディズニー全体の経営を支えていたと言っても過言ではありませんでした。そんなピクサーとの関係悪化は当時のディズニーにとって命取りになりかねませんでした。

 こうした事情を背景に、ロイ・E・ディズニー氏はディズニーを退社後すぐにSaveDisney.comというウェブサイトを立ち上げて、そこでマイケル・アイズナー氏の退陣を主張したのです。ロイ・E・ディズニー氏は、当時ディズニーが買収したABC*6での事業失敗、アニメーション部門の軽視、テーマパーク事業での臆病さ……etcなどをマイケル・アイズナー氏の欠点として非難しました。このキャンペーンの結果も影響したのか、2004年のディズニーの株主総会ではマイケル・アイズナー氏への不信任案が43%もの得票を得ました。これまで見て来たように2000年代のディズニーは暗黒期に入っていましたが、その業績悪化の責任はマイケル・アイズナー氏にあると多くの人が考えたのです。

 これらの結果を受けて、マイケル・アイズナー氏はとうとう2005年にウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOを辞職しました。1984年から約20年にも渡ってウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOを務めて来たマイケル・アイズナー氏が辞職したのです。こうして、ディズニーは新しい体制へと移行していくことになるのでした。





【個人的感想】

総論

 本作『ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』は商業的には失敗し、Rotten Tomtoesなどでの評価もめちゃくちゃ低いです。そのため、しばしば「駄作」扱いされがちなディズニー映画の1つではあります。でも、個人的には本作はそこまでめちゃくちゃ酷い駄作とは思えないんですよね。『コルドロン』や『王様の剣』よりは圧倒的にマシですし、これまでの2000年代暗黒期の作品と比べても『ダイナソー』や『アトランティス 失われた帝国』よりは本作のほうが全然マシだと思いますよ。というか、むしろそこそこ面白い良作と言えるぐらいの作品になっていると思います。

 傾向としては『ラマになった王様』に近いですかね。第二期黄金期のディズニー長編アニメーションのような「感動的な超大作」感は確かに皆無なんですけど、その一方で伝統的なディズニーの短編アニメーションのようなコミカルさを感じさせてくれる作品なんですよね。そういう『ラマになった王様』的な「お気楽なコメディアニメ」として見れば、普通にそこそこ面白いと思いますよ。

 以下、詳細な感想を記します。


短編コメディ風のストーリーとキャラクター

 上でも述べたように、本作品はちょっと『ラマになった王様』に近いテイストなんですよね。全体的にギャグ要素が多くてノリの軽いコミカルな雰囲気の作風で、そういう意味では長編よりも短編アニメーションに近いです。ドナルドダックの出てくるタイプの短編アニメーションにありがちな笑えるシーンの多い作品なんですよ。もちろん、その軽すぎる作風ゆえに「チープ」さを感じて敬遠する人もいるのかもしれませんが、僕はたまにはこういう「適度に肩の力を抜いて見れるお気楽な作品」があっても良いかなあと思いますね。『ラマになった王様』もそうでしたが、ああいうノリの作品は嫌いじゃないです。

 ストーリーもシンプルながらちゃんと起伏があって飽きさせないようにはなっています。牛泥棒アラメダ・スリムという悪役の存在、新入りマギーとミセス・キャロウェイの対立と和解、パールの農場が手放される危機などなど、色んな要素を適度に詰め込んでいて観客を飽きさせないような工夫もされています。また、馬のバックやウサギのラッキー・ジャックなど、魅力的な脇役キャラも上手く配置しています。彼らの存在が作品のコメディ要素を引き立ててくれています。それらの色んな要素が各シーンで毎回ちょっとずつ描写されているので、最後まで飽きずに見続けることができます。

 そういうふうに色んなキャラや要素が詰め込まれつつもメインのストーリーラインははっきりした一本線になってるので、『アトランティス 失われた帝国』のような「詰め込み過ぎで話がとっ散らかってる状態」にもならずに済んでいます。基本的には、3頭の牛の賞金稼ぎが主人の牧場を救うため(マギーは復讐のためも兼ねて)お尋ね者のアラメダ・スリムを倒す、というシンプルなストーリーラインですからね。すっきりした勧善懲悪&ハッピーエンドの物語で分かりやすいし安心感があります。変に奇を衒ったことをせず、シンプルな王道ストーリーの範疇に収めてくれることによる安心感や気楽さが本作品には備わっています。そういう意味でも本作は「肩の力を抜いて見れる作品」なんですよね。良さがあります。

 その一方で、本作品はそういう「王道」を踏まえつつも、それなりに意外性のある展開やギャグも入れてるんですよね。そうすることで「ありきたりな陳腐さ」の回避にも一応努めています。先述の通り、メインのストーリーライン以外にも色んなサブテーマや脇役を入れた点もその一環でしょう。個人的には、特に馬のバックのキャラが好きです。彼の存在が作品において良い味を出してると思います。また、アラメダ・スリムの牛の盗み方やリコの正体など所々でちょっとした意外性のある展開も用意してくれてます。まあ、「ものすごくビックリするような大どんでん返し」っていうほどの意外性はないんですが、こういうちょっとした小さな意外性がストーリーに軽いアクセントをつけてくれてるんですよね。だから、飽きることなく最後まで見られる程度の起伏のあるストーリーに仕上がっている。面白いです。

 また、本作は登場キャラクターがわりと多めなんですけど、あくまでもメインのキャラである牛3頭を中心に物語は進んでいくため、その点でもストーリーが変にとっ散らからないようにはなっています。主役3頭もちゃんとそれぞれに個性があって良いキャラしてます。陽気な新入りマギー、気位の高いお嬢様気質のミセス・キャロウェイ、ギャグ要員かつ2頭の緩衝材のグレイス、というふうな感じでそれぞれが個性的なキャラから成るトリオになっています。特に、ミセス・キャロウェイのマギーに対するツンデレっぷりは、お決まりの「王道」なキャラ付けではあるのですがそれが良い味を出しています。本作の「王道」ゆえの安心感に繋がるんですよね。その他にも、上で述べたようなバックやラッキー・ジャックのような脇役キャラも、ちゃんとキャラが立っていて魅力的に描かれています。


笑えるギャグ

 本作品は、『ラマになった王様』同様にギャグ要素がかなり多い作品となっています。そのギャグ要素がどれも笑えて面白いです。例えば、アラメダ・スリムとその手下の3人組がそうです。「悪役の手下が間抜けなギャグ要員」となるのはディズニー映画の伝統芸ですが、本作でもその伝統はしっかり踏襲されています。このあまりにも間抜けすぎる手下たちとアラメダ・スリムの間の漫才のようなやり取りがいちいち笑えるんですよね。手下の一人が意図せずに楽園農場をずっと隠していたことが明らかになるシーンとか最高に笑えます。

 アラメダ・スリムのアジトで終盤に繰り広げられるドタバタアクションも面白いです。『インディ・ジョーンズ』シリーズを彷彿とさせるようなトロッコでのスピード感あふれるアクションはなかなかに見応えがあって笑えます。とにかく色んなキャラがドタバタと激しく動き回るハチャメチャなアクションシーンなんですが、それがめちゃくちゃ面白い。ジェットコースターに乗ってるようなスピード感と目まぐるしさがクセになるし笑える。本当に、昔ながらのカートゥーンのコメディっぽさのあるアクションなんですよね。『ドナルドダック』の登場する短編アニメーションや『トムとジェリー』シリーズを見ているような気分に近いです。キャラクターが目まぐるしくコミカルに動き回るドタバタ劇のおかげで、最後まで画面に釘付けになります。とても良質な笑えるアクションシーンだと思います。好き。


溢れ出る懐古

 本作品の特徴として全体的に「懐古趣味」に溢れていることが挙げられると思います。「古き良き時代のディズニーアニメ」を思い起こさせるような懐かしさがあるんですよね。そもそも、そのコミカルな作風自体が昔のディズニー短編アニメーションなどに通じるところがありますからね。他にも本作品は全体的に「懐古趣味」を感じさせてくれる要素が多数詰まっております。

 例えば、先述した数々のギャグ要素なんかもそうした懐古要素の一端を担っています。アラメダ・スリムとその手下のコミカルなキャラ設定は、先述の通り昔ながらの「伝統的なディズニー・ヴィランズ」っぽさがあります。フック船長とスミー、クルエラとジャスパー&ホーレス、スカーとハイエナ3匹、ハデスとペイン&パニック……etcなどなど、似たようなキャラ設定のディズニー・ヴィランズの組み合わせは今までたくさんありました。本作品のディズニー・ヴィランズのキャラ設定もそうしたディズニーの伝統を踏襲しており、それにより「昔ながらのディズニーアニメの悪役だ」という安心感と懐かしさを感じられるようになってるんですよねえ。

 さらに言えば、本作品は前作『ブラザー・ベア』に引き続き「動物もの」のディズニー・アニメであり、その点でもディズニーひいてはアメリカン・アニメーションの伝統を感じさせてくれる作風になっています。なんて言ったってディズニーの象徴的存在であるミッキーマウスからして動物の擬人化キャラクターですからね。長編アニメーションでも『ダンボ』『バンビ』『わんわん物語』『101匹わんちゃん』……などなど、ディズニーは昔から常に動物キャラクターの物語を発信し続けて来たのは周知の通りです。そんな動物ものの物語を再びやってくれるという点でも、本作品は「昔ながらのディズニー作品」らしさを醸し出してくれています。

 しかも、出てくる動物キャラのデザインがこれまた少し「レトロ」なんですよね。同じ動物キャラと言っても第二期黄金期の『ライオン・キング』や『ターザン』よりは、もっと大昔の『ダンボ』などに近い感じの描かれ方をしてるんですよね。ようは、カートゥーンっぽい、漫画っぽい描き方です。『バンビ』などで目指された「リアリティある動物描写」ではなく、カートゥーン風にデフォルメされたデザインになっています。『ミッキーマウス』シリーズのような初期のディズニー短編アニメーションや、『ルーニー・テューンズ』シリーズや『トムとジェリー』シリーズのような非ディズニーのカートゥーン作品にむしろ近いです。主人公の牛3人組にしても、馬のバックやウサギのラッキー・ジャックにしてもそんな感じでのデザインです。だからこそ、より‟懐かしい”感じがするんですよねえ。『ミッキーマウス』シリーズや『ルーニー・テューンズ』シリーズや『トムとジェリー』シリーズが公開されていた「黄金時代」*7アメリカン・アニメーションらしさを本作品から感じ取れて懐かしい気分にさせてくれます。


ディズニーによる「西部劇」

 また、本作品は「西部劇」であるという点にも懐かしさを感じます。西部開拓時代というのはアメリカにとっては代表的な「懐古の対象となりがちな時代」の一つです。しかも本作の公開された21世紀ともなるとその西部開拓時代を舞台にした「西部劇」というフィクションのジャンル自体がすでにある種の「レトロ」感あるジャンルになってますからね。「今どき西部劇かよ」と言われるような時代に敢えて西部劇を作った点もまさに本作の「懐古」要素の1つと言えるでしょう。

 とは言え、実はディズニー長編アニメーションで「西部劇」をやったこと自体は本作が初めてなんですよね。正確なことを言うと、かつて『メロディ・タイム』の『青い月影』などでディズニーが西部開拓時代のアニメを作ったこともあったのですが、これは実質的には「短編」なので、完全な「長編アニメーション」としてディズニーが西部劇を作ったのは本作が初です*8。そういう意味では、本作の「西部劇」設定は懐古要素であると同時に「新しい挑戦」要素でもあるんですよね。

 しかも、通常の西部劇とは違い本作では人間ではなく牧場の乳牛が主人公です。劇中でラッキー・ジャックが「牛の賞金稼ぎなんて驚きだ!」みたいなセリフを言うシーンがありますが、実際こういう動物キャラが主人公として賞金稼ぎをする西部劇はちょっと珍しいのでその点に新鮮さは多少あります。まあ、別に「めちゃくちゃ画期的なアイディア」っていうほどのものではないですけどね。とは言え、ちょっとした目新しさと物珍しさはあります。

 このように、「懐古」要素と「新しさ」要素とがどっちも合わさっている点が本作の長所だと思いますね。懐かしさを感じさせてくれる作風を維持しつつも多少は目新しい要素もあるので、ありきたりすぎて見飽きるということもなく、最後まで飽きずに見続けられる作品に仕上がっています。先述したような、ストーリー展開における「王道」要素と意外性やギャグ要素のバランスも同じような効果になっています。本作は、こういうバランス感覚がわりと上手いんですよねえ。


音楽

 上で述べたように、本作ではあのアラン・メンケン氏が久しぶりに作曲を担当しています。アラン・メンケン氏がディズニー長編アニメーションの作曲を務めるのは『ヘラクレス』以来のことなので約7年ぶりです。この点も本作の懐古要素として機能しています。かつての『リトル・マーメイド』や『美女と野獣』や『アラジン』のような、アラン・メンケン氏作曲の名曲による第二期黄金期ディズニーのミュージカル路線を彷彿とさせてくれるんですよね。これまでの記事で述べて来た通り、2000年代の暗黒期に入ってからのディズニー映画ではかつての第二期黄金期のようなミュージカル要素はかなり減りました。しかし、本作では第二期黄金期のディズニー御用達の作曲家であるアラン・メンケン氏を久しぶりに呼び寄せ、第二期黄金期のような伝統的なミュージカル要素を復活させたのです。なので、本作の音楽を聴いてると第二期黄金期やそれ以前の伝統的なディズニーのミュージカル映画を思い起こさせ、これまた懐かしい気分にさせてくれるんですよねえ。

 オープニングと中盤のシーンで流れる"(You Ain't) Home On The Range"は本作のタイトルと同名の曲であり、西部開拓時代の開拓者たちのフロンティア精神を感じさせてくれるような力強い曲になっています。まさに西部劇っぽい感じの曲調で、そこが懐かしい雰囲気にも繋がっています。

 この曲とはまた違った曲調でありながら、同様に懐かしくて西部開拓時代っぽい曲として"Little Patch of Heaven"があります。オープニングとエンディングで流れる曲ですね。アメリカの西部ののどかな田舎の風景を思い浮かべさせてくれるような名曲ですね。ちなみに、僕は本作の曲の中ではこの"Little patch of Heaven"が一番好きです。こういう穏やかでのどかな感じの曲は大好きなんですよねえ。本当に懐かしい気分に浸らせてくれる名曲です。k.d.ラング氏*9の歌声がまた耳に残る良い声なんですよねえ。聴いてるだけで癒されるようなそんな歌声です。

 そして、本作のもう一つの名曲が"Yodel-Adle-Eedle-Idle-Oo"でしょう。悪役アラメダ・スリムの歌うヴィランズ・ソングですね。悪役でありながらギャグ要員でもあるアラメダ・スリムのコミカルさが全面に出た名曲です。高らかに響くヨーデルの歌声がかなり楽しくて耳に残る曲です。この曲の流れるミュージカルシーンはアニメーション映像も素晴らしいんですよね。スリムのヨーデルで催眠術にかかったような状態になった牛の大群が一斉に動き出すカラフルな映像はめちゃくちゃサイケデリックで印象的です。ディズニーがこういうシーンをやるのは基本的には『ダンボ』のピンク・エレファンツのシーンのセルフパロディなんですよね。『くまのプーさん 完全保存版』のズオウとヒイタチのシーンでパロディになってたように、ディズニーは本作でもこの曲のシーンで『ダンボ』のピンク・エレファンツのシーンをパロディとするサイケデリックなアニメーション映像を流したんですよね。そういう意味では、このシーンも『ダンボ』や『くまのプーさん 完全保存版』のような「昔ながらのディズニー映画」を彷彿とさせてくれる懐古要素になってるとも言えますね。実際、このシーンでも僕は懐かしい気分になりました。

 一方、本作では"Will The Sun Ever Shine Again"のような悲愴感の漂うバラード曲もあります。全体的に明るいコメディ要素の多い本作ですが、この曲の流れるシーンは珍しくややシリアスで悲しげな演出になっています。牧場を手放さなければいけない上に可愛がっていた牛たちも行方不明になってしまったパールの悲劇的な状況が良く表れた歌だと思います。これも良曲ですね。ちなみに、この曲を歌っているのはアメリカの有名な歌手のボニー・レイット氏です。アメリカではかなり有名な歌手なので彼女の曲を何曲か聞いたことある人も多いんじゃないでしょうか。そんな彼女の力強い声が印象的な曲になっています。


懐かしくて気楽に楽しめる良作

 以上述べて来たように、本作『ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』は全体的にわりと面白くて懐かしい気分にさせてくれる良作だと僕は思っています。確かに、第二期黄金期のディズニー長編アニメーション映画のような「感動超大作」感は本作には皆無です。また、アニメーション映像も全体的にチープな雰囲気に溢れており、感動するような高クオリティの映像はあまり多くありません*10。しかし、『ラマになった王様』と同様に、「気楽さ」や「安心感」のある明るいコメディには仕上がっています。

 また、本作には至る所に「懐古」要素があることも上で述べました。古き良き西部開拓時代のアメリカや伝統的な昔の西部劇映画のような雰囲気を全体的に醸し出しており、そのおかげでかなりノスタルジーに浸れる作品になってるんですよねえ。で、僕はわりとこういう「古き良き時代のアメリカ文化」に対して強い親しみを持つアメリカの文化保守的な人間なんですよね。ようは、「アメリカ文化の懐古厨」なんですよね。そんな僕にとって、本作の「西部劇」から漂う「古き良きアメリカの西部開拓時代」や「古き良きハリウッド映画」への懐古は非常に魅力的であり心を揺さぶられるものでした。

 そして、同時に「ディズニーやアメリカン・アニメーションの懐古厨」でもある僕にとっては、本作から全体的に漂う「伝統的なディズニー映画やカートゥーンっぽさ」もまた懐かしさを感じさせてくれて好きなんですよねえ。僕の好きな「古き良き黄金時代のアメリカン・アニメーション」や「昔ながらのディズニー映画」っぽさが全面に出ているのが良いんですよね。そういう古き良きアメリカのアニメーション文化やディズニー作品へのノスタルジーに存分に浸れて懐かしい気分にさせてくれるのが、本作の良さだと僕は思います。こういう「昔ながらのディズニー映画やカートゥーン」が大好きな僕みたいな保守的なディズニーオタクにはぴったりの作品だと言えるでしょう。

 そんなわけで、僕はこの『ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』が歴代のディズニー映画の中でもワースト級に酷い駄作だとは全く思えないんですよね。『王様の剣』や『コルドロン』や『ダイナソー』や『アトランティス 失われた帝国』よりは本作のほうが圧倒的に面白いです。僕はこの作品をまあまあの良作だと思っています。伝統的なディズニー映画に懐かしさを感じるタイプのディズニーオタクならばぜひ一度見てみても損はないと思います。そのぐらいにはお勧めできる作品です。






 以上で、『ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』の感想記事を終わりにします。次回は『チキン・リトル』の感想記事を書く予定です。それではまた。

*1:日本では『峠の我が家』というタイトルで知られている曲のことです。

*2:第二期黄金期に多くのディズニー映画のミュージカル曲を作曲したことで知られる、言わずと知れたディズニー御用達の‟大御所”作曲家ですね。

*3:ピクサーで『トイ・ストーリー』などを監督した有名アニメーターであり、のちにウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの最高責任者にもなりました。この辺りの詳細については後の記事でまた詳述する予定です。

*4:詳しくは【ディズニー映画感想企画第33弾】『ポカホンタス』感想~第二期黄金期後期の新たな挑戦~ - tener’s diaryの記事を参照してください。

*5:詳しくは【ディズニー映画感想企画第25弾】『コルドロン』感想~最も有名な失敗作~ - tener’s diaryの記事を参照してください。

*6:アメリカの有名なテレビ局です。

*7:1920年代末から1960年代後半までの時代のアメリカン・アニメーションをしばしば「黄金時代」と呼ぶことがあります。この時代に、上に挙げたような『ルーニー・テューンズ』や『トムとジェリー』などを含む有名なアメリカン・アニメーション(もちろんディズニー・アニメーションも含みます)が多数公開されて繁栄していたためです。

*8:なお、アニメーションではなく実写だと『デイビー・クロケット』シリーズをすでにディズニーは作っています。これも広義の西部劇ではあります。まあ、『デイビー・クロケット』で扱われてる時代(19世紀前半)は一般的な西部劇で扱われてる時代(19世紀後半)よりもちょい古いんですけどね。

*9:この"Little Patch of Heaven"を歌っているカナダの有名な歌手です。

*10:とは言え、本作にもCGなどを使って結構良い感じの背景映像が目立つシーンは多少あります。例えば、"Will The Sun Ever Shine Again"のシーンなどがそうです