tener’s diary

てねーる(Twitter:@TenerPr)のブログ記事です

【ディズニー映画感想企画第40弾】『ラマになった王様』感想~異色の完全ギャグアニメ~

 ディズニー映画感想企画第40弾は『ラマになった王様』の感想を書こうと思います。この辺りからディズニー・アニメーションの衰退が本格化していきます。まあ、この作品はその割りにはあまりディズニーオタクからは嫌われていない印象がありまけどね。色んな意味で異色な作品ではあります。そんな『ラマになった王様』について語っていきたいと思います。

f:id:president_tener:20200726124604j:plain f:id:president_tener:20200726124323j:plain

【基本情報】

異例尽くしの作品

 『ラマになった王様』は2000年に公開された40作目のディズニー長編アニメーション映画です。2000年って地味にすごいんですよね。『ファンタジア2000』『ダイナソー』『ラマになった王様』というふうに、3作ものディズニー映画がこの年に立て続けに公開されてるんですよね。そんな怒涛のディズニー映画公開ラッシュの年の最後に公開されたディズニー長編アニメーションがこの『ラマになった王様』でした。

 本作品は1999年までの第二期黄金期のディズニー映画の風潮とは様々な点で大きく異なっています。第二期黄金期のディズニーの特徴と言えば、「ブロードウェイ風ミュージカル」「男女のラブ・ロマンス要素」などが挙げられるでしょう。実際、『リトル・マーメイド』から『ターザン』までの第二期黄金期のディズニー作品はみんなこの特徴を兼ね備えています*1。しかし、この『ラマになった王様』はこれらの特徴を全く満たしていません。

 まず、本作品は第二期黄金期ディズニー映画の大きな特徴であったミュージカル要素がほぼ皆無です。オープニングとエンディングのみ歌が挿入されますが、それ以外のシーンでは全く劇中歌が登場しません。さらに、ラブ・ロマンス要素も本作品には皆無です。第二期黄金期のディズニー映画においては、必ず主人公は何かしらの恋愛関係を育んでいました。ラブ・ロマンス要素がメインテーマではない『ライオン・キング』や『ムーラン』ですら主人公の恋愛相手は用意されていましたからね。しかし、この『ラマになった王様』では主人公クスコと恋仲になるようなキャラクターは全く登場しません。

 このように、本作品はこれまでの第二期黄金期のディズニー映画とはかなり雰囲気の異なる作風となっています。その極め付けとして挙げられるのが「コミカルすぎる作風」でしょう。第二期黄金期のディズニー映画でも『アラジン』や『ヘラクレス』など、ややギャグ要素が少し強めの作品はありましたが、本作品はそのようなギャグ要素の割合が圧倒的に高いです。これまでのディズニー映画に見られたような「感動的な超大作」という方向ではなく、「チープなギャグアニメ」風の作品に仕上げているんですよね。「シリアス要素皆無の完全なギャグアニメ」に振り切った点でかなり珍しい作品と言えるでしょう。「感動」よりも「笑い」に全振りした作品です。


紆余曲折の制作過程

 本作品も当初の予定では第二期黄金期ディズニーらしい「感動超大作ミュージカル」にするつもりでした。最初の企画段階では、"Kingdom of the Sun"というタイトルのもと、「南米のインカ帝国を舞台にした本格的なミュージカル叙事詩」として本作品は企画されており、そのためにスタッフはペルーに取材旅行にまで行ってました。マーク・トウェインの童話『王子と乞食』風のストーリーをインカ帝国を舞台にアレンジし、ディズニー映画らしくミュージカルで再現する、そんな作品になる予定でした。

 ディズニーは従来通りのミュージカル映画を作るために、第二期黄金期のいくつかのディズニー映画で見られたように、本作でも有名ミュージシャンとのコラボを進めていました。ディズニーは、有名なロックバンド「ポリス」の元ベーシスト兼ボーカルであるスティング氏を本作の劇中歌のために呼んだのです*2。『ライオン・キング』でのエルトン・ジョンや『ターザン』でのフィル・コリンズのコラボが思い出されますね。実際、ディズニー側もそういうつもりでスティング氏を本作の音楽担当にしたのでしょう。

 しかし、本作品の制作の進捗は予定よりもだいぶ遅れたうえ、制作途中で監督の一人がそのプロジェクトから離脱する事態まで発生しました。こうした制作過程の紆余曲折の末に、本作品はタイトルを"The Emperor's New Groove"(邦題『ラマになった王様』)に変更し*3、当初の予定の作風から大幅に変更することに決まったのです。かなりコミカルな要素の強い作風への変更が決定されたと同時に非ミュージカル化も決定し、せっかくスティング氏がこの映画のために用意していたミュージカル用の曲の多くも劇中から削除されてしまいました。この決定には当然スティング氏もかなり不満だったそうですが、決まってしまったことは覆らず結局ミュージカル要素がほぼ皆無の作品として本作品は制作されたのです。


暗黒期の本格化

 このように紆余曲折の制作過程の末に異例尽くしの試みのもとで公開された映画『ラマになった王様』は、商業的には大コケしました。これまでも『ポカホンタス』以降のディズニー長編アニメーション映画の興行収入はやや低迷気味ではありましたが、それでもおおよそ3億ドル前後の興行収入は稼いでました*4。第二期黄金期後半のディズニー映画で一番興行成績の悪かった『ヘラクレス』ですら2.5億ドルは稼いでます。

 しかし、『ラマになった王様』の興行収入は約1.7億ドルです。2億ドルにすら達しなかったのです。商業的にはほぼ「失敗作」に近い結果に終わったと言わざるを得ないでしょう。この『ラマになった王様』で興行成績が大幅に下落したウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオは、その後もこんな感じで低い売り上げの作品を2000年代を通して公開しまくりました。前作『ダイナソー』の頃から暗黒期がスタートし始めたと前の記事で述べましたが、その事実は『ラマになった王様』の低すぎる興行収入によって、より一層はっきりと示されてしまったのです。興行収入という明確な「数字」の形でディズニー・アニメーションの衰退が浮き彫りになってしまったんですよね。まさに本作品は「暗黒期の本格化」をはっきりと証明してしまった作品だと言えるでしょう。

 とは言え、実は本作品の評判自体は決して悪くないんですよね。前作『ダイナソー』と違って、Rotten Tomatoesなどで見られる批評家や一般観客からの評価はわりと良いほうです。実際、僕の身の回りのディズニーオタクの声を聞く限りでも『ラマになった王様』をそこそこ面白いと評価してる人が結構多いように感じます。それにも関わらず本作品の興行収入がかなり悪いのは、恐らくこの「異色の作風」があまりにも従来のディズニー映画とかけ離れすぎたからなんでしょう。一般大衆の求める「ディズニー映画」像からあまりにもかけ離れた本作品は、市場のニーズを正しく読めていなかったんだと思います。恐らく当時の観客の多くは第二期黄金期のような「典型的な王道ディズニー映画」を求めていたんじゃないのかなあと僕は推測します。





【個人的感想】

総論

 先述の通り、この『ラマになった王様』って暗黒期の作品のわりには意外と評判は悪くないんですよね。かなり異色な作風で、従来の「ディズニー長編アニメーション」っぽさは皆無なんですが、これはこれで面白いじゃん、っていう気分になります。どちらかというと、初期の『ミッキーマウス』シリーズや『ドナルドダック』シリーズを見てるかのような、もしくは『ルーニー・テューンズ』や『トムとジェリー』、または『スポンジ・ボブ』辺りを彷彿とさせるような、面白くて笑えるそんなコメディに仕上がってるんですよね。

 第二期黄金期のディズニー映画のような「感動的な超大作!」って感じの作品では全くないですけど、だからこそ肩の力を抜いて気楽な気持ちで見ることのできる良質なコメディに仕上がってると思います。ギャグアニメとして普通に面白くて笑えるポイントがたくさんあります。


意外とちゃんとしているストーリー

 本作品は一応原作のないディズニーオリジナルのストーリーではありますが、ぶっちゃけプロットは『美女と野獣』っぽいです。我が儘な性格の王様クスコがラマに変えられてしまい絶望するも、パチャという農民との交流を通して次第に良心を取り戻していくというストーリーは、『美女と野獣』のビーストを彷彿とさせる設定です。それにもかかわらず、『美女と野獣』とは全然異なる雰囲気の話になっています。

 まず、『美女と野獣』と違って恋愛的な要素はクスコとパチャの間にはないです。そもそもパチャはすでに妻子持ちですからね。そして、初期の我が儘な性格のクスコに関してもかなりコミカルな描かれ方をしています。初期ビーストのような短気で粗暴な怖さは一切なく、ナルシストで自己中心的な子供っぽい性格が「面白おかしく」「ギャグ調」に描かれています。そんな訳で、『美女と野獣』と似たようなプロットではありながら、決して二番煎じにはなっていない別物の作品に仕上がっています。

 そんな風にコミカルでかなり軽い雰囲気にアレンジされているにも関わらず、意外とストーリーはちゃんとしてるんですよね。そもそも、骨格部分が名作『美女と野獣』と同じだからこそ大きな破綻ないストーリーになっているのかもしれません。それに加えて、ちゃんとクスコが改心に至るまでの変化も矛盾なく丁寧に描写されているんですよね。だから、「ディズニー長編アニメーションっぽい大作感」は決してないにも関わらず、良質なコメディストーリーとして面白い仕上がりになっているんですよね。「軽いギャグアニメ」だからと言って決して手を抜いて雑な脚本にはなっていない。そこが本作の良さの一つだと思います。


クスコの成長過程

 先述の通り、本作品ではクスコが成長するまでの展開が意外としっかり丁寧に描写されているんですよね。終始親切にしてくれてるパチャに対して最初は冷たい態度をとるクスコが、崖での共同作業などを通して徐々に心を通わせていく過程が説得力をもって描かれている。

 改心の過程が急すぎないところが上手いんですよね。崖での共同作業後にいきなりクスコが改心するわけではなく、ちょっとツンデレ寄りになりながらもまだ完全にはデレてないところで留まっている。崖から落ちそうになったパチャを助けるなど良心の欠片を少し見せてデレかけてはいるものの、まだ完全にはデレてなくて相変わらず「クスコトピア建てるよ?」と言ってるし、レストランを出た時もパチャを信用しきれず喧嘩別れしたりするんですよね。そして、イズマが犯人だと知ってショックに落ちた後に、再びパチャと会って仲直りするという、ね。

 こういうふうに、段階を踏んだ漸次的な変化としてクスコの成長が描かれているのは本作品の高評価ポイントだと思います。だから、クスコの成長が違和感なく描写できている。後述するように、本作品は絵や演出のノリで全体的に「チープ」な雰囲気に溢れてるんですけど、それにもかかわらずストーリー展開はこのように丁寧なんですよねえ。だから、クスコの成長ストーリーを、所々で笑いながらも、それなりに真剣になりながら見続けることができる。肩の力を抜いた状態で見ることができつつも、それなりの満足感のあるストーリーを提供してくれているように感じます。その匙加減がわりと絶妙で上手いです。


豊富なギャグ要素

 本作品の一番の特徴はやはりそのギャグ要素でしょう。ギャグ要素強めのディズニー作品は確かにこれまでにもいくつかありましたが、この『ラマになった王様』はその要素が特に強いです。とにかく最初から最後まで「観客を笑わせよう」と思って用意してるシーンばかりです。ここまでギャグに極振りしてるのは非常に珍しいでしょう。

 例えば、カートゥーン的なギャグの特徴なのか、メタ的なギャグがいくつかありましたね。ちょいちょい出てくるナレーションのシーンもそうだし、イズマとクスコの追いかけっこのシーンの謎足跡なんかもそうです。こういうメタな笑いはやっぱり面白いですね。個人的には、イズマとクロンクが終盤でクスコに追いついた時、追跡中の地図を取り出してクロンクが「追いつくのは実際は不可能だ」って白状しちゃうシーンでクスっと来ましたね。ご都合主義展開を逆手にとったこういう不条理ギャグっぽい笑いは好き。

 また、本作品は『トムとジェリー』や『ドナルドダック』シリーズに見られるような「登場キャラが酷い目に会いまくるドタバタ劇アクション」シーンも笑いとして作用していますね。クスコ、パチャ、イズマ、クロンクという主要登場人物4人がみんな、ドタバタとした動きの激しいアクションの中で何かしら酷い目に会っている。それがめっちゃ笑えるんですよね。崖に落ちかけた時に大量のサソリとコウモリで動転するクスコとパチャ、パチャの家から勢いよく飛び出してそのまま鶏の格好になって子供に叩かれまくるイズマなどなど、笑えるギャグシーンがとにかく多いです。

 後述するように、そもそもそれぞれの登場人物のキャラクター設定自体も非常にコミカルで笑えるように設定されてますからね。コミカルなキャラがコミカルなアクションをするのを見せられるだけでとにかく笑えるんですよねえ。ゲラゲラ笑える良質なギャグアニメに仕上がってると思います。


笑えるアクションシーン

 今までの記事でも述べて来た通り、名作ディズニー映画の多くにはしばしば終盤に見応えのあるアクションシーンが付き物です。本作品でも終盤にアクションシーンは用意されています。しかし、そのアクションは今までの「真面目」なディズニー映画のようなハラハラドキドキさせる「緊張感」のあるアクションシーンとは大きく異なっています。むしろ、先述のように「笑えるドタバタ劇コメディ」風に仕上がっています。

 宮殿に辿り着いたクスコとパチャが薬を巡ってイズマと争う終盤の怒涛のアクションシーンは最初から最後までとにかく笑わせてくれます。動物に変身しちゃった衛兵との追いかけっこのシーン、宮殿の外壁でのイズマとの薬の奪い合いシーンなどなど、終始ドタバタアクションが繰り広げられて見飽きないです。結構この終盤のアクションシーンが長いんですよね。次から次へと新しいアクションが矢継ぎ早に出てきては笑わせてくれるので、飽きることなくずっと画面に釘付けになります。

 特に個人的に好きなシーンが、墜落したイズマがトランポリンのおかげで戻ってくるシーンなんですよね。多分ここは従来のディズニー映画のセルフパロディ的な構造になってるんですよね。最後の最後でヴィランが高所から墜落して亡くなるパターンはディズニー映画ではしばしば見かけるお決まりのパターンであって*5、そのお決まりのパターンを「トランポリン」とかいう無理やりな小道具の登場によって敢えて破ることで、そのパロディ的な笑いを生み出しています。トランポリンの登場があまりにも唐突すぎて、その展開の強引さも含めて笑えるんですよねえ。個人的に特に好きなギャグシーンです。


良い意味での時代考証無視

 本作品は色んな点で「チープ」な雰囲気が漂っています。これは、「お気楽ギャグアニメ」にしたい本作品の作風に合わせてのことなんでしょう。今までのディズニー映画でも『アラジン』や『ヘラクレス』でそういうノリは多少ありましたが、『ラマになった王様』は特にそのノリが強いです。本作のそういう「チープさ」を印象付ける点の一つが「意図的な時代考証の無視」でしょう。

 本作品の舞台は南米の古代文明です。おそらくアンデス山脈地域のインカ帝国がそのモデルだろうと察しは付きます。まずラマって元々あの辺りの地域の伝統的な家畜ですし、作中の人々の服装や建築物や自然風景もかなりインカ帝国っぽいですし、そもそも主人公の名前のクスコってインカ帝国の首都名ほぼそのままですからね*6。恐らくそこから主人公の名前をとったんでしょう*7。そんな訳で、本作品は一応は「インカ帝国」を舞台にした作品と見ることができます。

 しかし、本作品の時代考証は良い意味でかなり雑です。もちろん、今までの「真面目」なディズニー映画でも時代考証が不十分な映画が圧倒的大多数ではあります。しかし、『ラマになった王様』の時代考証の不十分さは群を抜いていますし、その時代考証はかなり意図的・故意的なものとして行われています。こういう時代考証を「わざと」無視した演出は、今までのディズニー映画でも例えば『アラジン』のジーニーのキャラや『ヘラクレス』のミュージカルシーンなどでも見られました。それと同じような感じで、本作品でもわざと時代考証を完全無視した演出によって、作品全体の「チープさ」「軽さ」を敢えて強調するような作りになっています。

 例えば、イズマの秘密の研究室入り口のジェットコースターや研究室でのイズマたちの服装、オープニング曲を歌うテーマソング・ガイの服装やマイク、ラストシーンでのスカウト運動っぽい服装の子供たちなど、明らかにインカ帝国にはなかっただろと分かるようなもので溢れています。そんな時代考証完全無視な演出が、本作品のコミカルさを醸し出す一因にもなっているんですよね。面白くて笑えます。


作風に合ったチープな映像

 本作品のチープさはアニメーション映像にも表れています。本作品の絵はかなり「カートゥーン」的でチープさが漂う画風になっています。それまでのディズニー長編アニメーションに見られたような「圧倒されるような映像美」は本作品には皆無です。かなり平面的かつギャグ漫画的な絵柄で、長編アニメーション映画というよりは低予算のテレビアニメみたいなアニメーション映像です。そういう意味で、安っぽい「チープ」な絵柄だと言えます。

 確かに、少しカートゥーン風な絵柄のディズニー長編アニメーションは今までも存在しました。『アラジン』や『ヘラクレス』がそれです。しかし、どちらの作品もそのカートゥーン的な絵柄だけではなく、それなりに凝った「ディズニーらしい高クオリティの映像美」もちゃんと見せてくれてるんですよね。CG技術などを駆使した立体的で綺麗な圧倒されるような「映像美」が見られるシーンがどこかしらにありました*8。しかし、本作『ラマになった王様』にはそういうシーンは特にないです。

 これは、恐らくギャグ成分の強い本作品の作風に合わせてわざとそうしているんでしょう。実際、これぐらい軽いノリのギャグアニメにはこれぐらい軽い絵柄のほうが合うとは思います。そういう意味では、この点は決して本作品の欠点という訳ではないです。とは言え、ディズニー長編アニメーションの魅力である「圧倒的クオリティのアニメーション映像」を見れないのは少し物足りないなと僕は感じちゃいましたね。長年に渡ってトップレベルのアニメーションを作り続けて来たディズニーのアニメーション技術の高さを見せつけてくれるような映像が一切ないのはちょっと寂しいんですよね。本作の作風には合ってるので決して悪くはないんですが、ちょっと物足りない気持ちもある、そんな感じの感想を抱いたアニメーション映像でしたね。


キャラクター

 本作品の特徴として主要登場人物の数がかなり少ないことが挙げられます。メインで物語を動かすキャラはクスコ、パチャ、イズマ、クロンクの4人しかいません。その他は、ちょっと活躍する脇役や名前すらないモブキャラが少々いるだけです。この登場人物の少なさも、本作品のギャグアニメらしい「軽い」作風の一因として機能してると言えるでしょう。以下、各キャラクターについて軽く見ていきます。

クスコ

 主人公ですね。本作品は彼の成長物語であり、それゆえに序盤の彼はかなり自分勝手な王様として描かれています。それにも関わらず、その我が儘放題の彼の性格描写もめっちゃコミカルなんですよね。ナルシストで自己中心的な「嫌な奴」なんですけど、どこか憎めないようなギャグ要素がある。描写としては『美女と野獣』のガストンに近いですかね。あのコミカルさをもう少し強めた感じです。能天気で世間知らずでちょっと馬鹿っぽい愛嬌あるキャラに描かれています。「甘やかされて育った世間知らずの我が儘なボンボン」って感じの説明がまさにピッタリくるキャラです。

 本作は、そんな彼がラマになってパチャに助けられていくうちに、ちょっとずつ良心に目覚めていく物語となっています。上で述べたように、この改心過程が本作ではわりと丁寧に描かれているんですよね。だから終盤のちょっと優しくなった彼にも違和感を抱かずに見ることができる。このちょっと優しさを取り戻したクスコのキャラも愛嬌があって可愛らしいんですよね。自分がオープニングシーンで突き落とした老人をラストのシーンで心配するクスコの姿が印象的でした。クスコが成長したことが分かりやすくうかがえるシーンです。

パチャ

 本作品の聖人の一人です。自分の村を潰して別荘を建てようとしてる存在であるはずのクスコをついつい助けてしまうかなりのお人好しであり、その優しすぎる慈悲の心がまぶしいキャラです。クスコに騙されて崖の吊り橋に置き去りにされそうになったり、親切心で教えた事件の真相(イズマが黒幕だったということ)をクスコに信じてもらえず喧嘩別れしたりと、クスコに愛想をつかしても良さそうな事態がその後も何度も起きるにも関わらず、決して彼のことを放っておけずに助けてしまう「超」がつくほどのお人好しなんですよねえ。聖人としか言いようがないです。

 そんなパチャの優しさに救われる形で次第にクスコのほうも良心が芽生えてくるわけです。この2人の友情形成過程が、コミカルながらも丁寧に描かれているのが本作品の魅力の一つだと思います。

 あと、準主役級のキャラであるはずのパチャがすでに妻子持ちであるという設定も、従来のディズニー長編アニメーションでは見かけなかった珍しい設定でしょう。妻子持ちのキャラ自体は今までのディズニー映画にも全くいなかったわけではないですけど、今回みたいなバディものの映画で、その片方(すなわち準主人公的なポジション)がバディの相手とは別個に妻子持ちという設定はディズニー長編アニメーションでは初めてだと思います。そもそも、比較的若い年齢のキャラが中心となることが多いディズニー映画において、パチャみたいな中年の妻子持ちの「気の良いお父さん」が準主役になっていること自体が珍しいですしね。この点でも、パチャのキャラ設定は新鮮で面白いなあと思いましたね。

イズマ

 本作品の悪役です。今までのディズニー映画にもしばしば出てきがちな「悪の魔女」タイプのヴィランですね。とは言え、彼女にもやはりヴィランらしい怖さは皆無で、むしろかなりコミカルなキャラとして描かれています。『ヘラクレス』のハデスなんかを彷彿とさせるようなギャグ色の強い悪役です。悪役ということもあってか、作中では結構扱いが酷いです。短編におけるドナルドダックや『トムとジェリー』のトムみたいな感じで、毎回彼女が酷い目に会うシーンがあります。そこが本作品の笑いどころの一つになっていますね。特に、終盤のアクションシーンでイズマが猫に変身しちゃってからのシーンは個人的にかなり笑えました。先述した通り、猫イズマが一度落下するもトランポリンで戻ってくるシーンも笑えますね。

 他にも、彼女が顔パックをするシーンでクロンクが怖がったり、スカートを捲ってナイフを取り出そうとするシーンでクスコやパチャが(違う意味で)恐怖に顔を引きつらせたりなどなど、イズマ関連のギャグが本作品はわりと多いんですよね。後述するクロンクと合わせて、本作品の特徴である「笑い」を担当するギャグ要員の一人であると言えるでしょう。

 個人的に本作品のホッとするところとして、イズマが死ななかった点が挙げられるんですよね。クロンクにシャンデリア落とされたり、宮殿の高所から猫のまま落下したりと、死にかけるシーンは2回ほどあったけど結局生きてる。最後も、猫の姿のままではありながらもクロンクのスカウト運動に参加してたりとわりと平和な終わり方をしています。悪役ではありますがイズマの悪行の動機って若干の同情の余地はありますし、この軽いノリのコメディの中でガチの人死にが出るのはエグすぎて違和感もあるので、そういう終わり方を敢えて避けるような展開にした点は好感が持てましたね。ディズニーヴィランズってわりとエグい死で終わるパターンも結構ありますけど、本作品はそういうパターンで終わらなかったので良かったです。だから最後まで気楽な気持ちで笑って見ていられます。

クロンク

 悪役イズマの手下であり本作品一番のギャグ要員です。ディズニー映画において「ヴィランズの手下がコミカルな間抜けキャラ」になっているパターンは昔から頻繁に見られますが、このクロンクもそんな典型的な「間抜けな手下キャラ」の一人と言えるでしょう。実際、どこか天然で抜けているクロンクのアホらしい行動は大いに笑えます。

 クロンクの魅力はその間抜けさだけに留まりません。悪役の手下にも関わらず非常に心優しい善良な性格なんですよね。イズマからクスコを殺すよう命令されたにもかかわらず、彼を殺すことに良心の呵責を覚え結果的に彼を殺さなかったその純粋さが愛らしいキャラとなっています。悪役の手下なのにもかかわらず全然「悪人」っぽくないそのギャップも彼の魅力の一つであり、またそこが笑いどころにもなっています。

 そんなクロンクの良心との葛藤を象徴するギャグ描写が、作中で何度か出て来た「天使と悪魔」のシーンでしょう。心の中の天使と悪魔がお互いに言い争うことで良心の葛藤を表すアニメーション表現は昔から良くありますが、本作品ではその表現がギャグ要素として機能しています。特に、クロンクが天使と悪魔と会話する様子(他の人からはクロンクが独り言を言っているように見える)を見たイズマ、クスコ、パチャが怪訝な顔をするシーンが笑えます。

 また、パイ作りが得意な点も彼の可愛らしさの一要素となっていますね。イズマに罵倒され続けてたクロンクがほうれん草パイの悪口を言われた瞬間にそれが決定打となってイズマを裏切ったのが面白いです。純粋にパイ作りが好きだった彼の子供心溢れる性格に癒されます。他にもリス語を喋ることもできたりと、間抜けキャラの割りには妙にハイスペックな能力も一部持っている点がギャップ萌えを誘ってて良いんですよねえ。クロンクのキャラの愛嬌をより一層引き立てる要素になっています。

 ちなみに、彼はその愛嬌があるキャラによる人気を生かしてか、続編『ラマになった王様2 クロンクのノリノリ大作戦』では主役を張ってたりします。

その他

 本作品は上記4人が主要登場人物で、それ以外のキャラはあまり出てきません。ほとんどモブに近い脇役ばかりです。でも、パチャの妻チチャとその子供チャカ&ティポは一応それなりに目立ってはいました。中盤でイズマ相手にちょっとした活躍もしてましたね。先述した通り、準主人公であるパチャが妻子持ちの中年男性という設定はディズニー映画では結構珍しいので、その要素を強調する意味でもパチャの妻子たちの登場シーンがそこそこ多かったのは良かった点ですね。


音楽

 先述の通り本作品はミュージカルではないので、劇中歌はオープニングとエンディングで歌われる"Perfect World"の1曲しかないんですよね。ただ、この曲はなかなかに良い曲です。時代考証完全無視の現代風のR&Bやソウルミュージックっぽい雰囲気の曲で、聴いてるととても楽しくてノリノリな気分になります。この映画の原題の"The Emperor's New Groove"らしく、まさに‟グルーヴ感”を大いに感じさせてくれる曲でした。ちなみにこの曲を歌っているのはあの有名な歌手のトム・ジョーンズ氏です*9。彼の力強いボーカルがとても良いんですよねえ。耳に残るキャッチーな良曲だと思います。

 そして、最後のクレジットのシーンでは先述した歌手スティング氏による"My Funny Friend and Me"が流れます。この曲はかなりしっとりしたバラード風の曲でして、単体の曲として聞く分には悪くないんですが、ぶっちゃけこの映画の雰囲気には合ってないんですよね。多分この曲は、本作品が今の作風に変更される前の「真面目な感動超大作」としてまだ企画されてた頃の名残だと思うんですよね。なので、そういう雰囲気の映画には合うような感動的なバラードにはなっているんですが、完全なギャグアニメに作風変更された本作品の主題歌としてはかなり浮いてるんですよね。映画が終わってクレジットに入った瞬間に、全然違う雰囲気の曲がいきなり流れ始めるので違和感が半端ないです。


これはこれで面白い良作

 以上ここまで述べて来た通り、この『ラマになった王様』はギャグアニメとして見る分には普通にゲラゲラ笑えて面白い良質なコメディだと思います。確かに、第二期黄金期のディズニー映画のような「力の入った感動大作」とはあまりにもかけ離れすぎていて異色としか言いようがないんですけど、‟これはこれで”面白いなと思える作品だと思います。僕は結構好きですね。

 まあ、僕は従来の‟王道”のディズニー映画が大好きな保守的なディズニーオタクなので、もしディズニーがこんな作品ばかり作るようになったらそれはそれで寂しく感じて嫌なんですが、『ラマになった王様』1作ぐらいに留めるならば「たまにはこんな作品があっても良いかもね」と思えます。異色ではあるので「好きな‟ディズニー映画”」を聞かれたときにこの作品が挙がるかは微妙なところではあるのですが、なんだかんだで僕はまあまあ好きな映画ですね。たまには、こういうお気楽な笑えるギャグ全開のディズニー長編アニメーションも面白いでしょう。






 以上で『ラマになった王様』の感想を終わりにします。次回は『アトランティス 失われた帝国』の感想記事を書こうと思います。それではまた。

*1:ビアンカの大冒険 ゴールデン・イーグルを救え!』だけはミュージカル要素ないですけどね。まあ、あれはちょっと例外的な位置付けの作品なので。

*2:スティング氏の名前を良く知らない人でも"Fields of Gold"や"Shape of My Heart"などを検索して聞けば多分聞いたことあるって人が出てくるんじゃないでしょうか。映画の主題歌などにも使われることの多い有名なミュージシャンです。

*3:ちなみに余談ですが、この原題は有名なアンデルセン童話『裸の王様』の英語タイトル"The Emperor's New Clothes"にかけて名付けられています。内容は『裸の王様』とあまり関係ないですけどね。

*4:IMAX限定公開が主だった『ファンタジア2000』はちょっと例外的立ち位置なので除外します。

*5:例えば第二期黄金期の作品だと『美女と野獣』のガストンや『ノートルダムの鐘』のフロローの最期がまさにそうですね。

*6:正確にはスペリングが違いますけどね。と言っても、最初の一文字目がkかcかの違いだけですし、発音自体は同じです。

*7:ちなみに余談ですが、ディズニーの初期の構想段階では彼の名前をクスコではなくマンコという名前にする予定だったそうです。これは下ネタでもなんでもなく、本当にマンコがインカ帝国の皇帝の間で良く使われてた名前だったからなんですけど(例えば伝説上のインカ帝国初代皇帝の名前はマンコ・カパックと言います)、日本語だとこの発音が下ネタを意味してしまうってことがあとで分かったためまだ制作段階のうちから名前変更が決まったそうです。

*8:それぞれの作品における「映像美」に関しては【ディズニー映画感想企画第35弾】『ヘラクレス』感想~カートゥーン風のコメディ作品~ - tener’s diary【ディズニー映画感想企画第31弾】『アラジン』感想~僕の一番好きなディズニー作品~ - tener’s diaryの記事で述べたので、詳細はそちらをご覧ください。

*9:彼の名前を知らない人でも、"It's Not Unusual"や"If I Only Knew"などの曲を検索して聞いてみれば、おそらく「あー、この曲を歌っている人か」って分かると思います。