tener’s diary

てねーるのブログ記事です

【ディズニー映画感想企画第11弾】『イカボードとトード氏』感想~最後のオムニバス作品~

 ディズニー映画感想企画第11弾は『イカボードとトード氏』の感想です。この作品は日本では完全版の視聴が最も困難な作品として日本のディズニー・オタクの間ではそれなりに有名だったりします。いわゆる「マニア垂涎の‟幻の作品”」的なポジションにあるんですよね。2019年8月現在、日本ではパブリック・ドメイン版ですら完全版のDVDが発売されていない作品です。*1

 以下、そんな『イカボードとトード氏』について語っていきたいと思います。

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【基本情報】

最後のオムニバス映画

 『イカボードとトード氏』は1949年に11作目のディズニー長編アニメーションとして公開された映画です。30分程度の中編を2つ組み合わせたオムニバス形式の映画となっています。ディズニー・スタジオは『ラテン・アメリカの旅』以降はオムニバス形式の短編集を「長編映画」として公開し続けていましたが、そんなオムニバス形式のディズニー映画の最後の作品がこの『イカボードとトード氏』になります。この次に公開された『シンデレラ』はオムニバスではなくちゃんと一つの長編ストーリーからのみ成る映画になっています。


トード氏~構想はかなり昔からあった?~

 『イカボードとトード氏』は、『トード氏』と『イカボード先生と首なし騎士』という2つの中編アニメーションを繋ぎ合わせた映画です。このうち、『トード氏』のほうはかなり初期の段階から企画されていました。原作は有名なイギリスの児童文学である『たのしい川べ』で、第二次世界大戦前にはすでに映画化の権利を原作者から購入していました。しかし、すでに説明したようにその後の度重なるディズニーの経営難の中、第二次世界大戦時には制作が中止されてしまいました。

 第二次世界大戦終結後には再び制作が開始されましたが長編アニメーションではなく30分程度の中編アニメーションにして、『メイク・マイン・ミュージック』や『ファン・アンド・ファンシー・フリー』のように、他の中編アニメーションと繋ぎ合わせるオムニバス映画にすることを決定します。このときに、もう一つの中編の題材として選ばれたのが、アメリカの作家ワシントン・アーヴィングによるホラー小説『スリーピー・ホロウの伝説』でした。


イカボード先生と首なし騎士~マニアの間では有名な怖い話~

 『スリーピー・ホロウの伝説』は実際にニューヨーク付近で昔から語り継がれてきた怪奇伝説をアーヴィング氏が小説化したもので、アメリカではかなり有名な怪談です。1999年に、有名なティム・バートン監督がこの怪談を原作とする映画を製作したこともあります。そんな『スリーピー・ホロウの伝説』を原作にしてディズニーは『イカボード先生と首なし騎士』という中編アニメを作り*2、先述の『トード氏』と繋ぎ合わせたオムニバス映画『イカボードとトード氏』を公開したのです。

 この『イカボード先生と首なし騎士』は日本では『イカボード先生のこわい森の夜』というタイトルに変えられてDVDが発売されているので、日本だとそっちのタイトルの方がおそらく知名度は高いでしょう。実は、この話はディズニーアニメでは珍しい完全なホラーということで、一般的知名度こそ低いものの、ディズニーオタクの間ではわりと有名だったりします。ディズニーアニメの怖いシーンというと『ダンボ』のピンク・エレファントや『白雪姫』の森のシーンなどが良く挙げられがちですが、この『イカボード先生と首なし騎士』に関しては『ダンボ』や『白雪姫』などのように「部分的に怖いシーンがある」とかではなく完全なホラーアニメなので、その珍しさは際立っていると言えるでしょう。


『トード氏』もまた有名

 『イカボード先生と首なし騎士』とは別の意味で『トード氏』もまた日本のディズニーマニアの間では結構有名だったりします。というのも、『イカボードとトード氏』を構成する2つの中編アニメのうち『トード氏』のほうだけはいまだに日本ではDVDが発売されていないからです。『イカボード先生と首なし騎士』のほうは先述の通り『イカボード先生のこわい夜の森』というタイトルで日本でもDVD発売されているのですが、『トード氏』のほうはディズニー正規版はおろかパブリック・ドメイン版でのDVD販売ですら行われていません。*3

 そのため日本では『トード氏』のほうを視聴することは極めて困難になっています。もちろん、アメリカではDVDが発売されており視聴することも可能です。それどころか、アメリカではアナハイムのディズニーランドに『トード氏』のアトラクションが存在するので、日本よりは知名度もだいぶ高いと思われます。また、その後のディズニー作品でもしばしばトード氏は登場しています。このように日米で知名度にだいぶ差のある『トード氏』ですが、それ故に日本でもマニアの間ではわりと有名な作品となっています。




【個人的感想】

総論

 先述の通り、『イカボードとトード氏』は『トード氏』と『イカボード先生と首なし騎士』の2つの中編アニメから成る映画なのですが、どっちのアニメーションも結構面白いです。この次に公開されるディズニー映画の『シンデレラ』からディズニーの第一期黄金期が始まると言われています。その前作『イカボードとトード氏』は、オムニバス映画とは言えそんな第一期黄金期到来の兆しを感じさせるクオリティになっていると思います。日本での知名度が低いのがもったいないと思うぐらいの良作だと僕は思います。

 この作品も「つなぎ」のシーンは一応あるとは言えかなり雑で、本当に「2つの中編を雑に繋げました」感の強い作風になっています。その点は少し残念ですが、そんな些細な欠点はどうでも良くなるぐらいには、それぞれの中編アニメーションが面白いのでOKです。この前までのディズニーのオムニバス映画は正直言って微妙な出来なのが多かったんですがこれは全然違いますね。普通に満足して楽しめる内容の映画になっています。

 以下、それぞれの中編の感想を書きます。


トード氏

 先述の通り、イギリス文学の『たのしい川べ』が原作であり、序盤でナレーターが「英文学で一番‟すごい”キャラクターとして、私はシャーロック・ホームズでもオリバー・ツイストでもなくトード氏を推薦します」というナレーションをするところから始まります。実際、トード氏は色んな意味で「すごい(fabulous)」というか、良くも悪くも個性的なキャラクターなんですよね。その点でなかなか魅力的なキャラクターになっています。

 ディズニー映画のキャラクターの中でもかなり個性的な人物設定になっているのがこのトード氏なんですよね。大邸宅に住む資産家でありながら、浪費家で興味の移り変わりが激しい道楽息子、っていう設定が面白くて魅力的です。そのせいでたくさんの借金を抱え経理のマクバジャーを悩ませる辺り、結構な問題人物でもあるんですがそんなところが面白くて好きです。

 そんなトード氏が新しい趣味である自動車に嵌まるシーンがあるんですが、このシーンでのトード氏の狂ったような描写は本当に面白いです。車の真似ごとをするトード氏の目は完全にイッてます。笑える。こういうところでトード氏のキャラクターの独創性をきっちり出せてる点が良いですね。

 いやまあ、冷静に考えるまでもなくトードは自制の利かないダメ人間(カエル)なんですけど、本人に悪意がないせいでどこか憎めないキャラクターなんですよね。なんだかんだで友人思いだし気前も良い。どことなく自信家なところも彼のコミカルさをより際立たせています。こういう「熱しやすく冷めやすい浪費家の道楽息子」ってキャラクター設定はディズニー作品の主人公ではあまり見かけないので珍しいですね。僕は大好きなキャラ設定です。

 肝心のストーリーもわりと面白いんですよね。中編ゆえに展開がスピーディーなうえ、その短い中にたくさんの展開を詰め込んで見どころたっぷりになってる点が良いですね。トード氏の狂いっぷりが描写される序盤の導入から、中盤の軽い法廷サスペンスっぽいシーンへと一気に移り変わり、さらに後半には監獄からの脱出劇もある。この目まぐるしく変わる怒涛の展開が全然飽きさせなくてめちゃくちゃ面白いんですよね。そして、事件の意外な真相が明らかになり、最後にはドタバタコメディ風のアクションシーンからのハッピーエンドになる、と。ちゃんと起伏があって続きの気になる展開が最後まで用意されているのが素晴らしいです。

 そんな訳で、この『トード氏』はなかなか面白くて飽きさせない王道のミステリー風コメディになっていると思います。最後の最後でトードが結局反省していないというオチも良いですね。ドラえもんこち亀の短編ギャグに通じる面白さがあります。正直、かなり僕好みの作品です。

 なお、この作品は世界観がちょっと謎なんですが(近代イギリス風の国で動物キャラと人間キャラが一緒に暮らしている世界観)、その不思議な世界観も作品のコミカルさに繋がっているのでオッケーです。いやあ、ほんとなんでこんな面白い作品が日本ではDVD未発売なんだろう。かなり勿体ない。普通に面白いサスペンス風の中編コメディなので、気になった方は頑張って英語版を入手して見てみると良いと思います。僕は好きです。


イカボード先生と首なし騎士

 前の話である『トード氏』がコメディだったのと打って変わって、こっちは少々後味の悪いホラー作品になっています。ディズニーでこんなガチのホラー話は珍しいので、マニアの間で有名なのも納得です。実際、王道ホラーとして普通に怖くて、良い意味で後味の悪いオチになっています。こういうタイプの怪談は個人的に大好きなので、僕はこの『イカボード先生と首なし騎士』の話も好きですね。

 と言っても、前半は特に怖くない比較的コミカルなシーンが続きます。スリーピー・ホロウの町にやって来たイカボード先生が街の地主の娘カトリーナに惚れ、彼女を巡って町の若者ブロムと争うシーンまでの展開は人によっては少々退屈に感じるかも知れません。でも、僕はここら辺のシーンもそれなりに面白く見れましたね。主人公のイカボード先生のキャラクター描写がこれまた独特勝つ個性的なので面白いんですよね。イカボード先生の魅力的な人物像が楽しめるので、僕は前半もわりと退屈せずに見れました。

 実はこの『イカボード先生と首なし騎士』はミュージカル形式になっていて、劇中歌がいくつか流れてくるんですよね。なので、ミュージカル好きな自分としては前半部分もあまり退屈せずに見続けられました。オープニングで流れるイカボード先生の紹介ソングなんか、なかなかに耳に残るメロディだと思います。僕はこういう曲は好きですね。

 そして、中盤でブロムが首なし騎士の怪談を歌うシーンも大好きですね。このシーンで歌われる曲も同じく耳に残るメロディになっていて、わりと名曲だと思います。『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』やホーンテッド・マンションのアトラクションで流れてきてもおかしくないような、ハロウィン風のちょっと恐ろしげな音楽になっています。それでいてどこか楽しげな雰囲気もあるので良いです。こういう楽しいような怖いような曲っていうのは良いですよねえ。これもこの作品内で僕が好きな曲の一つです。

 そして、後半は完全にホラーです。子供のころ見ると、夜中に一人でトイレに行けなくなりそうな演出になっています。まあ、ホラー作品を見慣れた人にとってはお馴染みの演出なので大して怖くないと思うかもしれませんが、それでもちゃんとホラーの王道を抑えた演出にはなっているので僕は好きですね。暗い森の中で周囲の物音に敏感に反応するイカボード先生の表情が良いです。恐怖で胸がいっぱいになってきているのが良く伝わります。その後、首なし騎士が登場してイカボード先生と追いかけっこをするシーンも、かなり緊張感のある恐怖シーンになっています。良いですねえ。

 そして、この作品がマニアの間で有名になっている一番の理由がここだと思うんですが、オチがかなり後味悪いんですよね。ディズニーにしては珍しくバッドエンドを匂わせるような不気味で謎の残る終わり方になってるんですよね。結局、主人公の安否は分からないまま、という怖いホラーの定番のオチをディズニーが採用したのは確かに珍しいと思います。そのお陰で、読後感がとても不気味なものになり、正統派ホラーとして良い意味で「後味の悪い作品」になっているんですよね。この点は本当に素晴らしいですね。

 そもそも主人公のイカボード先生が行方不明になったせいで、結局ライバルのブロムのほうがヒロインのカトリーヌと結ばれるという点も、ディズニーらしからぬバッドエンドっぽい終わり方で少し後味の悪さを抱かせます。主人公がメインヒロインと結ばれないディズニーアニメは後年にも出てきますが、主人公不在のところでヒロインがライバルに奪われてしまうという終わり方はディズニー映画の中でもかなり珍しい方だと思います。この点も良い意味で後味悪くて不気味です。

 また、『イカボード先生と首なし騎士』は主人公含めて主要な登場キャラがみんな「あまり良い奴らじゃない」という点も特徴的だと思います。決して悪い奴ではないのですが、ちょっと難点のある性格をみな抱えてるんですよね。

 まず、主人公のイカボード先生が有能で多才な教師ではある一方で、生徒の母親と浮気しまくったり、カトリーヌの父親の遺産に目が眩んだりしてて、ものすごく俗物くさいキャラクターになってます。ライバルのブロム・ボーンズ氏も根は悪い奴でないと作中で説明されながらも、少し乱暴者でそのうえ恋敵を脅したりイカボード先生に対して数々の嫌がらせを実行したりするようなキャラです。ブロムのキャラは後年の『美女と野獣』のガストンを彷彿させますね。そして、ヒロインのカトリーナですら、見た目こそ美しいですが、その美貌で色んな男を誑かすことを自身の楽しみにしてるような女性です。

 主要登場人物がみんなこういう一癖ある性格ばかりであることも、この物語の不気味さをより際立たせる要因になっていると思います。先述した「オチの後味の悪さ」も相まって、この作品のホラーとしてのクオリティの高さを大きく支えている要素だと思います。

 そんな訳でホラーや怪談が好きな人にとっては『イカボード先生と首なし騎士』はかなりの良作だと思います。良い意味でホラーとして後味の悪い不気味な作品になっているので、ディズニーの中でもかなりの異色作だと思います。こっちの話は日本でもDVDが発売されているので、機会があればぜひ見てみると良いと思います。


戦後オムニバス作品の中では例外的な面白さ

 以上述べた通り、僕は『メイク・マイン・ミュージック』以降のオムニバス形式のディズニー映画の中では『イカボードとトード氏』だけは例外的にかなり面白い作品だと思っています。目まぐるしい展開と魅力的なキャラクターたちのお陰で飽きずに一気に見続けられてしまうミステリー風コメディの『トード氏』も、ディズニーには珍しい不気味な怖さと耳に付く名曲が印象的なホラー作品の『イカボード先生と首なし騎士』も、どちらもなかなかの良作だと思います。一度は見ておいて損のない映画でしょう。オススメです。





 以上で、『イカボードとトード氏』の感想記事を終わりにします。次回は『シンデレラ』の感想を書こうと思います。それではまた。

*1:ただし、本作品の後半を占める『イカボード先生と首なし騎士』のシーンだけは日本でもDVDが発売されています。

*2:なお邦題は『イカボードとトード先生と首なし騎士』ですが、英語での原題は原作小説と同じく"The Legend of Sleepy Hollow"です。

*3:2019年8月現在の話